『論理哲学論考』(岩波文庫)を読み終えた。単に読み終えただけで、細かく論証を追った訳ではない。とりあえず何が書いてあるか知って、それに対して現時点で自分がどう考えるかを知りたかったからだ。
読み始めてすぐに思ったのは、論理学の教科書のようだということだ。大学で論理プログラミング、ひいては数理論理学を学んだので、懐かしい、という印象が最初にあった。記号論理学の教科書的内容にそれなりに多くの項目が割かれている。
関数の扱いや等号理論にも彼なりの記述があって、それもなかなか面白かった。私が習ったのとは多少違うが、ラッセル・ホワイトヘッドのプリンキピアマテマティカ以降、どういう流れで、現代の数理論理学に来ているのかは知らないため、違いの意味までは追えなかった。ウィトゲンシュタインはゲーデルのことは知っていたのだろうか。
最初は哲学の本だと思って読み始めたら、論理学、それも意味論の話だったので、若干肩すかしであった。ところが全編を読んでみて、なるほどこれは哲学の本だと分かった。その自分の中での変化が面白かった。
私にとっての哲学的意味は、冒頭と最後あたりに現れる、語りえぬもののエッジに関する記載にある。沈黙しなければならない所に、人間は自然と点線を引いてしまう。それは私にとっては、神、美、善、夢想といった域外の何かである。彼は当然何も語らないのだが、ぎりぎりまで追いつめることによって、より鮮明に私の心に浮かぶ何か。ホラー映画で、化け物が登場する直前の、ぎりぎりの瞬間が最も怖いのと同じように。これは人間の思考のどういう仕組みだろうか。
訳者による注釈が丁寧で読みやすい。ラッセルによる解説も、たしかに勘違いはありそうだが、これはこれでラッセルの見方が読み取れて面白い。さらに訳者による解説もいい。さすが岩波文庫だと思う。
この『論理哲学論考』という薄い本にはたしかに、妖しい魅力がつまっている。私にはボルヘスの短編を彷彿とさせた。
2014年4月13日日曜日
2014年3月21日金曜日
気合いの入っていないパン
いま住んでいる東京都世田谷区には、たくさんのパン屋がある。
家の近所にも徒歩圏内に10軒近くはあるだろう。
いろんなパンを食べ比べられる贅沢な場所にいるせいか、
気になることがある。それはパンの「気合い」とでもいうべき味
の違いだ。
まず、その違いに敏感になるのは、大手のパン屋チェーンが新し
く出店した店でパンを買う際だ。
例えば、成城学園前と仙川に、アンデルセンが出店している。
開店当初のパンには「気合い」が入っていて、さすがの味だった。
おそらく本店からベテランの職人さんが、開店に合わせて来て
アントニオ猪木のように気合いを注入しているに違いない。
ところが、開店から半年もすると、徐々に味が「なまってきて」、
「キレがなくなり」、全体にメリハリの無い味になっていく。
皮のパリッとした感じとか、中の水分量とか、フィリングや
混ぜ込まれた材料の感じとか、がダメダメになっていく。
私はパン屋に勤めたことはないので、何が違うとあぁいう風に
なるのか分からないのだけど、味がゆっくりとではある
が明らかに落ちて、「気合い」が感じられなくなってくる。
そして、恐らく、作っている職人たちは、それほど変化がある
ことに気づいていない。毎日作っているので、小さな変化に気づ
かない。
でも、時々買いにくるお客さんには、違いは、久しぶりにあった
親戚の子供の成長のように、この場合は逆だが、衰えぶりが
ハッとするぐらいわかる。
墨繪が豪徳寺に出店していて、そこも、アンデルセンほどでは
ないが、新宿で買うのとは明らかに違って、気合いが足りない。
あの新宿の墨繪で買える、ゴツゴツとした頑固な美味さには少し
届いていない。
硬いから気合いが入っているとか、いうのではない。材料が贅沢
に使われているから良いというものでもない。
例えば近所にオンカという、とても柔らかいパンを作っているパン屋
がある。押し付けるとペシャンコになってしまいそうな柔らかいパン
だが、きちんと角のたった気合いが感じられる。ラ・ヴィ・エクスキ
ーズのパンは弱ハード系で、焦げ目もしっかりしていて、明らかに
キリッとしている。仙川にはムッシュ・ピエールというとても小さな
パンを売っている、小さなパン屋があるが、あのパンの気合いは何か
ご主人の精神が固まったかのような感じすらする。
大手のチェーン店だから駄目という訳ではない。ディーンアンドデル
ーカは比較的味を維持しているし、個人経営のつまらないパン屋もた
くさんある。ただ、なんか作っている人の、配慮というか、バランス
感覚というか、技術と責任感が、一個一個のパンに現れるのだと思う。
大手だと、その配慮が届きにくいのかもしれない。
上述したように、この気合いが、作っている人には分かりづらく、
客には鮮明に分かる、というあたりが、物を売る仕事の難しさだと
思う。
美味しいパンに出会いたいなぁ。
家の近所にも徒歩圏内に10軒近くはあるだろう。
いろんなパンを食べ比べられる贅沢な場所にいるせいか、
気になることがある。それはパンの「気合い」とでもいうべき味
の違いだ。
まず、その違いに敏感になるのは、大手のパン屋チェーンが新し
く出店した店でパンを買う際だ。
例えば、成城学園前と仙川に、アンデルセンが出店している。
開店当初のパンには「気合い」が入っていて、さすがの味だった。
おそらく本店からベテランの職人さんが、開店に合わせて来て
アントニオ猪木のように気合いを注入しているに違いない。
ところが、開店から半年もすると、徐々に味が「なまってきて」、
「キレがなくなり」、全体にメリハリの無い味になっていく。
皮のパリッとした感じとか、中の水分量とか、フィリングや
混ぜ込まれた材料の感じとか、がダメダメになっていく。
私はパン屋に勤めたことはないので、何が違うとあぁいう風に
なるのか分からないのだけど、味がゆっくりとではある
が明らかに落ちて、「気合い」が感じられなくなってくる。
そして、恐らく、作っている職人たちは、それほど変化がある
ことに気づいていない。毎日作っているので、小さな変化に気づ
かない。
でも、時々買いにくるお客さんには、違いは、久しぶりにあった
親戚の子供の成長のように、この場合は逆だが、衰えぶりが
ハッとするぐらいわかる。
墨繪が豪徳寺に出店していて、そこも、アンデルセンほどでは
ないが、新宿で買うのとは明らかに違って、気合いが足りない。
あの新宿の墨繪で買える、ゴツゴツとした頑固な美味さには少し
届いていない。
硬いから気合いが入っているとか、いうのではない。材料が贅沢
に使われているから良いというものでもない。
例えば近所にオンカという、とても柔らかいパンを作っているパン屋
がある。押し付けるとペシャンコになってしまいそうな柔らかいパン
だが、きちんと角のたった気合いが感じられる。ラ・ヴィ・エクスキ
ーズのパンは弱ハード系で、焦げ目もしっかりしていて、明らかに
キリッとしている。仙川にはムッシュ・ピエールというとても小さな
パンを売っている、小さなパン屋があるが、あのパンの気合いは何か
ご主人の精神が固まったかのような感じすらする。
大手のチェーン店だから駄目という訳ではない。ディーンアンドデル
ーカは比較的味を維持しているし、個人経営のつまらないパン屋もた
くさんある。ただ、なんか作っている人の、配慮というか、バランス
感覚というか、技術と責任感が、一個一個のパンに現れるのだと思う。
大手だと、その配慮が届きにくいのかもしれない。
上述したように、この気合いが、作っている人には分かりづらく、
客には鮮明に分かる、というあたりが、物を売る仕事の難しさだと
思う。
美味しいパンに出会いたいなぁ。
2012年10月23日火曜日
自分から自由になる
私は会社ではない
私は仕事ではない
私は、私の父ではない、私の母でもない、私の妻でも、娘でもない、私の家族ではない
私は、私の本でもなければ、私の服でもなければ、私の自動車でも、私の家でもない
私は、私のきている服や、持っている鞄や、食べている食事でもない
私の肉体や、私の脳も、私ではない
それらは私の拘束条件、私の使える道具、頼れる仲間ではあるが、私ではない
私とは、いまこの瞬間に生起しつつあるものだ
私の過去は、私ではない
私の未来も、私ではない
なにやら様々な縛りで身動きがとれなくなっているとき
私は、私を拡大解釈している
それら重たい私を脱いで、横に置いて眺めてみる
脱いだまま、空を眺めてみる
風の音を聴いてみる
小さな惑星の表面に張り付く一人の人間を宇宙から眺めてみる
星々の誕生から消滅までの時間の中に、一人の人間の一生を鉛筆で書き込んでみる
私だと思っている色々なものの儚さを感じ
それでも私は何がしたいのかと問うてみる
私から自由になって何がしたいのかと
私は仕事ではない
私は、私の父ではない、私の母でもない、私の妻でも、娘でもない、私の家族ではない
私は、私の本でもなければ、私の服でもなければ、私の自動車でも、私の家でもない
私は、私のきている服や、持っている鞄や、食べている食事でもない
私の肉体や、私の脳も、私ではない
それらは私の拘束条件、私の使える道具、頼れる仲間ではあるが、私ではない
私とは、いまこの瞬間に生起しつつあるものだ
私の過去は、私ではない
私の未来も、私ではない
なにやら様々な縛りで身動きがとれなくなっているとき
私は、私を拡大解釈している
それら重たい私を脱いで、横に置いて眺めてみる
脱いだまま、空を眺めてみる
風の音を聴いてみる
小さな惑星の表面に張り付く一人の人間を宇宙から眺めてみる
星々の誕生から消滅までの時間の中に、一人の人間の一生を鉛筆で書き込んでみる
私だと思っている色々なものの儚さを感じ
それでも私は何がしたいのかと問うてみる
私から自由になって何がしたいのかと
2012年5月27日日曜日
ウルトラマンのいる東京の恐怖
「帰ってきたウルトラマン」が、ケーブルテレビで連続放送されている。これを見ながら思った。この東京には住みたくない。図らずも17話で、岸田森が「東京も住みにくくなったもんだ」といって疎開するのだが、どうしてもっと早く退避しないのか不思議だ。この東京は、ほぼ毎週、怪獣が襲う。それも地球人の武器、自衛隊やMATがほとんど役に立たないぐらい強力な怪獣がやってくる。ビルを破壊する。街を凍らせる。ガスタンクを爆発させる。ウルトラマンとの格闘戦では、あの巨体が七転八倒するのだから、どれほどの震度だろうか。
たぶんこの世界の交番には、交通事故での死傷者の表示とともに、怪獣被害による死傷者が表示されているに違いない。怪獣保険もあるだろう。大手企業は必ず加入しているに違いない。もしかすると戦時体制として、国が補償するのかもしれない。
世田谷で起きることが多いので、世田谷に住んでいる人はズシーン、ズシーンという震度5とか6とかの地震を、毎週味わって、「あぁ、またウルトラマンが戦っているのかしら」とか思っているに違いない。いつ自分の家に襲いかかるともしれない不安を抱えながら。
正体不明の異形の巨人であるウルトラマンに、かろうじて怪獣をやっつけてもらって、難をのがれている。そのウルトラマンも結構頻繁にやられそうになるし。他力本願も極まれりだ。
それなのに、住民たちの私達と変わらない普通の生活、明るい笑顔、信じられないほどの戦時下だと思うのだが。
(DAICON FILM版の「帰ってきたウルトラマン」では、多少そのあたりの現実的な解釈が加えられていて、これがエヴァンゲリオンなどの伏線になっているのだな、と思った。)
いやぁ、怖い怖い。
たぶんこの世界の交番には、交通事故での死傷者の表示とともに、怪獣被害による死傷者が表示されているに違いない。怪獣保険もあるだろう。大手企業は必ず加入しているに違いない。もしかすると戦時体制として、国が補償するのかもしれない。
世田谷で起きることが多いので、世田谷に住んでいる人はズシーン、ズシーンという震度5とか6とかの地震を、毎週味わって、「あぁ、またウルトラマンが戦っているのかしら」とか思っているに違いない。いつ自分の家に襲いかかるともしれない不安を抱えながら。
正体不明の異形の巨人であるウルトラマンに、かろうじて怪獣をやっつけてもらって、難をのがれている。そのウルトラマンも結構頻繁にやられそうになるし。他力本願も極まれりだ。
それなのに、住民たちの私達と変わらない普通の生活、明るい笑顔、信じられないほどの戦時下だと思うのだが。
(DAICON FILM版の「帰ってきたウルトラマン」では、多少そのあたりの現実的な解釈が加えられていて、これがエヴァンゲリオンなどの伏線になっているのだな、と思った。)
いやぁ、怖い怖い。
2012年5月3日木曜日
C++, Java, Objective-C そして iOSアプリ開発
連休は、読書と iOSアプリ作製に使っている。それに先立つ4月は、Processingを使って色々ソフトを作っていた。
これまで色んな環境で色んなソフトを作ってきたが、ずいぶん楽に作れるようになった。ネットで得られる情報量の多さも驚きで、大概の困ったことには先達がいて、日本語でもかなりの情報が得られるし、英語サイトまで見れば、短時間に解決策が得られる。
実は、12月から1月にかけては仕事で、Visual C++を使い、さんざんコーディングしていて、C++, Java, Objective-Cと代表的なオブジェクト指向言語をここ数ヶ月で渡り歩いたことになる。
私には、Javaが後発であることもあってか、最もストレスなくシンプルにコーディングできるように思える。C++は10年以上の付き合いだが、やはり複雑である。自由度の高さがアダになっている部分が大きい。Objective-Cは、その方言に慣れるまでに多少の敷居はあったが、慣れてしまえば、これはこれで悪くない。特にXcodeという開発環境が、色々と自動補完してくれるので、その継ぎ接ぎだらけの構成もほころびにくい。
プログラミングが好きだな。ものができて動くのが楽しい。
この調子だとジイさんになってもプログラミングしているのではないだろうか。
ここ数日でiOS開発に関して知って、「へぇー」っと思ったことを列挙する。
・Objective-Cの実体はCである
・NSはNextStepの略、CFはCoreFoundationの略
・CFはC言語で作られたオブジェクト指向のライブラリである
・Xcode 4ではstoryboardsというユーザインタフェース開発環境がある
・InterfaceBuilderはstoryboardsに吸収された
・gestureRecognizerでタッチ操作が統一的に扱える
・UIViewのdrawRectは四角形を描画するのではなく、四角形領域に描画するコールバック
・Snow LeopardのXcodeはiOS 5.0のデバイスまでしか扱えない
・LionのXcodeはiOS 5.1のデバイスを扱える
これまで色んな環境で色んなソフトを作ってきたが、ずいぶん楽に作れるようになった。ネットで得られる情報量の多さも驚きで、大概の困ったことには先達がいて、日本語でもかなりの情報が得られるし、英語サイトまで見れば、短時間に解決策が得られる。
実は、12月から1月にかけては仕事で、Visual C++を使い、さんざんコーディングしていて、C++, Java, Objective-Cと代表的なオブジェクト指向言語をここ数ヶ月で渡り歩いたことになる。
私には、Javaが後発であることもあってか、最もストレスなくシンプルにコーディングできるように思える。C++は10年以上の付き合いだが、やはり複雑である。自由度の高さがアダになっている部分が大きい。Objective-Cは、その方言に慣れるまでに多少の敷居はあったが、慣れてしまえば、これはこれで悪くない。特にXcodeという開発環境が、色々と自動補完してくれるので、その継ぎ接ぎだらけの構成もほころびにくい。
プログラミングが好きだな。ものができて動くのが楽しい。
この調子だとジイさんになってもプログラミングしているのではないだろうか。
ここ数日でiOS開発に関して知って、「へぇー」っと思ったことを列挙する。
・Objective-Cの実体はCである
・NSはNextStepの略、CFはCoreFoundationの略
・CFはC言語で作られたオブジェクト指向のライブラリである
・Xcode 4ではstoryboardsというユーザインタフェース開発環境がある
・InterfaceBuilderはstoryboardsに吸収された
・gestureRecognizerでタッチ操作が統一的に扱える
・UIViewのdrawRectは四角形を描画するのではなく、四角形領域に描画するコールバック
・Snow LeopardのXcodeはiOS 5.0のデバイスまでしか扱えない
・LionのXcodeはiOS 5.1のデバイスを扱える
2012年3月4日日曜日
重なりあう長方形の面積(解答)
前回の問題の解答の一つを示す(解答はもちろん一つではない)。
上図のように、辺同士の重なりをチェックすれば、重なりあう長さがわかる。
重なりあう長さがわかれば、あとは掛け算するだけだ。
重なりあいの場合分けは、6通りある。
Cで書いたサンプルコードは以下。
バグがあるかもしれないから、ちゃんと検証して使うように。
上図のように、辺同士の重なりをチェックすれば、重なりあう長さがわかる。
重なりあう長さがわかれば、あとは掛け算するだけだ。
重なりあいの場合分けは、6通りある。
Cで書いたサンプルコードは以下。
バグがあるかもしれないから、ちゃんと検証して使うように。
#include
int sharedRect(int xa, int ya, int wa, int ha, int xb, int yb, int wb, int hb);
int sharedLine(int s1, int l1, int s2, int l2);
int main (int argc, char * const argv[]) {
int xa, ya, wa, ha, xb, yb, wb, hb;
xa = 0; ya = 0; wa = 100; ha = 200;
xb = 10; yb = 15; wb = 80; hb = 220;
std::cout << sharedRect(xa, ya, wa, ha, xb, yb, wb, hb);
return 0;
}
int sharedRect(int xa, int ya, int wa, int ha, int xb, int yb, int wb, int hb) {
return sharedLine(xa, wa, xb, wb) * sharedLine(ya, ha, yb, hb);
};
int sharedLine(int s1, int l1, int s2, int l2) {
int e1 = s1 + l1 - 1;
int e2 = s2 + l2 - 1;
if (s1 < s2) {
if (e1 < s2) return 0;
else if (e1 < e2) return e1 - s2 + 1;
else return l2;
} else if (s1 < e2) {
if (e1 < e2) return l1;
else return e2 - s1 + 1;
} else return 0;
};
// 情けない。さっそく間違っていた。
// 情けない。さっそく間違っていた。
2012年1月24日火曜日
重なりあう長方形の面積(問題)
長方形Aと長方形Bがある。
Aの左上の頂点を(xa, ya)、幅と高さを(wa, ha)とする。
Bの左上の頂点を(xb, yb)、幅と高さを(wb, hb)とする。
重なりあう面積を求める最も簡単なプログラムは?
簡単だろうと思っていたが、実はちょっと難しかった。回答は次回。
Aの左上の頂点を(xa, ya)、幅と高さを(wa, ha)とする。
Bの左上の頂点を(xb, yb)、幅と高さを(wb, hb)とする。
重なりあう面積を求める最も簡単なプログラムは?
簡単だろうと思っていたが、実はちょっと難しかった。回答は次回。
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