2011年11月24日木曜日

HDL-XRのディスク換装

I・O DATA(アイ・オー・データ機器)のLAN接続型NAS「LAN DISK HDL-XR2.0」のディスク交換をした。2TB HDDを4台使って、8TBにした。タイ洪水の影響で、今はディスクが高価なので交換をしようという人は少ないと思うが、情報として載せておこう。

以下の作業を行った場合、当然ながら保証は切れる。また、条件を変えてテストしたわけでは無いので、ちょっとした手順・環境の違いから正しく換装できない可能性もある。よって、自己責任で情報を利用してもらいたい。以下の情報を信用したために、損害があっても、責任は持てない。

まず成功したのは、先人たちの礎のたまものである。感謝したい。参考にしたのは以下。

まず、価格.comの以下のエントリ(11835856)
http://bbs.kakaku.com/bbs/K0000053870/
同じく価格.comの以下のエントリ(10813868)
http://bbs.kakaku.com/bbs/K0000038029/
それと、2chの以下のエントリ(732, 733, 734)
http://logsoku.com/thread/hibari.2ch.net/hard/1260770068/

またLANDISK HDL-XRのマニュアルは以下:
http://www.iodata.jp/lib/manual/pdf2/hdl-xr-20091026.pdf

必要なもの:
・LAN DISK HDL-XR
・交換用のHDDベアドライブ4台
・ディスクコピー機
・Winows 7 PC

1. LANDISKの初期化とRAID 0設定

購入したLANDISKをマニュアル通りに起動し、設定ユーティリティーを使って、RAID 0に設定する。[詳細設定]->[ディスク設定]->[ボリューム設定]で設定できる。

2. ディスクコピー

LANDISKを停止する。一番上のカートリッジを取り出し、ネジを外して中のHDDを取り出す。その後、ディスクコピー機で、取り出したHDDを、新しいHDDにまるごとコピーする。今回は、日立グローバルストレージテクノロジーズの0S03191 [2TB SATA600 7200]を購入し、コピーした。ディスクコピー機としては、Centuryの「裸族のHDDクローンスタンド(CROS4U3CP)」を用いた。500GBのディスク内容をコピーするのに70分ほどかかった。

3. ディスクの残り領域を拡張

コピー済みの2TBハードディスクをWindows 7のPCに接続し、ディスク内の未使用領域を拡張する。ディスクのPCへの接続には、2TBディスクをカートリッジに納めて、所有しているIOデータ RHD-UXに挿入し接続した。(USBの外付けケースに入れても良いだろうし、PCに内蔵させても良いだろう。)ディスクがマウントされると、Windowsがフォーマットしますか、と聞いてくるので、キャンセルする。「コンピュータの管理」を起動し、 「ディスクの管理」を選択する。接続した2TBハードディスクが表示され、小さな複数のパーティションと、大きなパーティション(400GB程度)と、未使用領域(1.5TB程度)で構成されていることがわかる。この大きなパーティション(400GB)を選択し、拡張を選択、残りすべての領域を使って拡張領域を作成する。

PCからディスクを取り外す。

4. 残りのディスクを交換

LANDISKに残っている残り3台のカートリッジを取り出し、すべてネジを外して開け、交換用のHDDと入れ替える。交換用のHDDは袋から出したばかりのものをそのまま入れる。2でコピーし、3でディスク拡張したディスクを、LANDISKの一番下のスロットに挿入する。残りの3台はその上の3つのスロットに挿入する。

5. RAIDの再設定

上記HDL-XRのマニュアルのP.22-108にある方法を参考に以下のように「RAIDの再設定」を行う。LANDISKの電源をONにする。しばらくディスクの青ランプが点滅した後、すべて赤ランプに変わり、LANDISKのSTATUSランプも赤になる。警告音が鳴り続けるので、FUNCボタンを押して音を止める。PCのLANDISK設定時に用いたMagical Finderを使って、LANDISKを探し、「ブラウザ」を選んで設定画面に入る。設定画面にログインすると「RAID崩壊」という通知が表示されている。[詳細設定]->[ディスク設定]->[ボリューム操作]を選択し、「RAID再設定」を選択、実行ボタンを押す。3~4分後、ディスクのランプが赤から青に変わり、RAIDの再設定が完了する。

[詳細設定]->[情報表示]->[ボリューム情報]を選択し、正常にディスクが拡張されていることを確認する。

以上












2011年11月19日土曜日

お気に入りカフェに共通するのは?

自分が好んで行くカフェのリストを作ってみた。どれもいい店だ。個人経営の店もチェーン店もあるが、客にとっては関係ない。居心地が良い店であればOK。

・仙川 レキュム・デ・ジュール
・仙川 Mokichi Cafe
・仙川 カルディコーヒーファーム
・成城学園前 DEAN & DELUCA
・成城学園前 Kiriy’s Fresh Cafe
桃青@千歳烏山にて
・柴崎 カフェ エアー (Cafe Air)
・千歳船橋 HORIGUCHI COFFEE
・狛江 HORIGUCHI COFFEE
・狛江 ドトール
・府中 珈琲屋マロコ
・喜多見 CAFE & SPACE PushPull
・神保町 蔵
・代々木 タリーズコーヒー
・新宿 シアトルズ・ベスト・コーヒー
・調布 NEW YORKER’S Cafe

リストを作りながら、店に行った時のことを思い出し、どの店がベストかと考えたら、実は、狛江のドトールがベストだと気づいた。チェーン店なのにね。次が、神保町の蔵と、代々木のタリーズ、成城のDEAN&DELUCA、千歳船橋の堀口、という感じになる。

私にとって必須の条件は、禁煙・分煙がしっかりしていること、コーヒーが美味しいこと、座れる席があることだ。リストの店はどれも条件を満たしている。コーヒーの値段や味はピンきりだが、値段相応の味がしていれば文句は無い。ドトールに堀口なみの味は求めない。

さて、では何が私にとってベストの店と、そうでない店を分けるのか、というと、それは「店員の接客」と「客層」だと気づいた。意外にそういう細かいことを気にしていたんだなな。

苦手な接客は、常連を構い過ぎる、妙にそっけなく冷たい、客の目を見て会話しない、高飛車だったり、知識をひけらかす、敬語を使わない、客に構い過ぎる、客を急かすといった所だ。

苦手な客層は、大きな声でおしゃべりを続ける人たち、店員にかまってもらいたがる人、周りの客を気にしすぎる人、周りを無視してたくさんの席を専有する人、勉強やネットのために何も注文せず1時間以上ねばる人、など。我ながら細かい(笑)。私こそ嫌な客かも知れないね。

狛江のドトールは優良店だと思う。窓が大きく、駅前の寺の森が見える開放的な空間、丁寧で温かみのある、ただしベタベタしない接客、清潔な店内、しっかりした分煙、そして、200円で美味しいコーヒーが飲める。

私は、客層と店の方針との間には関係があるのではないかと思う。その関係は複雑で難しいが。

自分で店を開くなら、どういう店を目指すだろう。

2011年8月12日金曜日

有川浩がコロボックル物語を書くらしい

有川日記
http://blogs.yahoo.co.jp/f15eagledj0812/archive/2011/8/11
によると、佐藤さとるの依頼を受けて、コロボックル物語の世界での、新しい物語を有川浩が執筆することになったらしい。上記の彼女のブログ記事が事情をよく伝えていてわかりやすい。佐藤の書いた物語とは全く別のものになるだろうが、確かに彼一人で終わらせるのはもったいないと思う。多少玉石混交であっても、色々な作品が出て、新しい分野を切り開いてくれれば、あの物語に深い思い入れを持つ読者の一人として嬉しい。

ところで勝手に妄想をふくらませるのは自由なので、さて私なら何を書くだろうか? まずは村上勉の強く印象的なイメージを頭から消して、全く別のイメージを持つところから始めるだろう。あれは魅力的すぎる。たぶん私なら、2011年の日本を舞台にコロボックル世界の位置づけを正確に想像して描くだろう。

2011年7月11日月曜日

飛行船通信を休止して1年

飛行船通信というメーリングリストを、昨年4月に休止して1年以上がたった。2000年の2月に開始して、ちょうど10年、1941本の投稿があった。休止のしばらく前から、投稿者が限られて、なかなか難しい状況になったので、一度ダメもとでテコ入れをしたが、さすがに私が忙しくなりすぎて、運営できなくなり休止となった。

すでにネットでは、twitterであるとか、facebookであるとか、ソーシャルと呼ばれるステップに入っていて、メーリングリストは、多くの人のネット生活時間に割り込む余地がなくなっているように思う。面白げな情報はRSSリーダーで続々と入ってきて、それを流し読みするだけで時間がなくなる。

あっさりと飛行船通信もソーシャルな世界に移行すれば良かったのだろうか?それはわからない。また自分の時間がもう少し取れるようになったら立ち上げてみてもいいかもしれない。

実を言うと、メーリングリストというメディアが、飛行船通信のスタイル合っていたようにも思う。適度な距離感、手紙のやり取りに似た間のとり方。もしかすると、あえてオールドメディアに回帰して、会誌のような形にした方がいいのかもしれない。投稿を募って。どこで募ろうか。

職場でWIKIを使っていて、熱心に書きこんでくれるメンバが増えて、なかなか面白い状況になっている。ただ、それも日頃、面と向かって顔をあわせているから上手くいっているようにも思う。遠隔地に離れた忙しい者同士では難しい。

私が勝手に次の姿だと思っているのは、位置情報アプリ、ロケーションアウェアである。通信員は、日本各地、世界各地にいて、本屋、美術館、映画館、カフェ、公園、などいろんな場所で、出会った本や人、もの、作品の話題を、通信文として送り合う。場所の離れた通信員同士が、雰囲気を空気を遠隔で共有する。そうやって共有した情報をキーとしてサイトが構築され、そこに少し長いエッセイや、レビュー、もしかすると短編小説などが紛れ込んでいる、そんな感じ。自然におしゃれな雑誌が出来上がっていくような、そういうのって難しいかな。

iPadでFlipboadを使っていると、案外難しくないんじゃないか、と思えてくる。雑誌に書きこんで、自分も参加するような。みんなでスクラップブックを作るような。

2010年11月24日水曜日

Apple TVで『長靴をはいた猫』を見る

AppleTVを買って映画をレンタルしてみた。なかなかいいね。最初に借りたのは、懐かしの『長靴をはいた猫』だ。

1969年公開だから、41年前のアニメ映画。映像が綺麗(HDだった)で、話も楽しくいいね。子供のころ、テレビで見たっきりだったから、ほんと久しぶりだった。わくわくするなぁ。魔王はほんと可哀想、ペロは酷い猫だねぇ。しかし、この40年間、アニメの技術は進歩したんだろうか?と思った。そうそうたるスタッフだし、安作りの今のアニメと比べてはいけないのかもしれないが。見ていて安心できる作画、丁寧な動き。ちなみに終盤の追っかけシーンは、『ルパン三世 カリオストロの城』にほんとそっくりだと再確認した。

AppleTVなかなかいい。

2010年10月3日日曜日

十三人と七人

先月末に封切りの『十三人の刺客』を見た。面白かった。迫力だった。

ただ、後味があまり良くない。ヤクザ映画のような虚しさ、無常観が、作り物めいた設定と重なって、ざらりとした後味の悪さを残した。とても良くできた映画で、役者たちの動き、表情、登場人物の個性が生きていて、特撮やセット撮影の迫力も堪能でき、時代劇風の雰囲気もたっぷり味わえた完成度の高い大型娯楽時代劇映画だ。だが、私はどうも、時代劇なるものに、後味の良さを求めているらしいことに気づいた。今まであまり意識したことがなかったのだが。では、その後味の良さとは何か。

この映画はリメイクであるし、さらには当然ながら黒澤の『七人の侍』に大きく影響を受けている。ただ、『七人の侍』を映画史に残る名作にした要素の一つが、どうもこの『十三人の刺客』の侍には無い。それは「気品」だ。昨晩、『七人の侍』を家で見返して、この映画では背筋の伸びるような気品が、端々に表現されていることに今更ながら気づいた。出てくる侍たちの身なりや服装はボロボロで落ちぶれている。だが、そのキリリとした立ち居振る舞い、考え方の背後にある倫理と生き様の水準の高さが、気品を感じさせる。

時代劇は一種のファンタジーだ。アーシュラ・K・ル=グウィンが、『夜の言葉』の「エルフランドからポキープシへ」で語ったように、私たちが生きている世界とは別の世界を、文体の力で創り上げるものだ。ファンタジーの文体の重要な要素の一つがまた、気品である。剣や魔法、ドラゴンを単なる戦争の道具、戦いの道具とするのでなく、彼らにとっての信義・倫理を具現化するものとみなす。その屹立する大樹のような精神性が、ファンタジー世界に気品を与える。

『十三人の刺客』は、時代劇でありながら、時代劇の文体を切り捨てたところにオリジナリティがある。では時代劇で描く必要があったのか?いや、時代劇というフレームの大きさが、この完成度の高い娯楽映画を生んだのだろう。いわゆる時代劇だと思って見るから、私のような勘違い者が出てくる。必殺などと同じく、新しいサブジャンルなのだと考えるべきなのだろう。

2010年8月15日日曜日

iPadはパソコンではない。でかいiPhoneでもない。きっと新しい世界への入り口だ

iPadを使い始めて一週間ほどになる。これは形容しがたい不思議な装置だ。新しい世界の入り口か。

1. パソコンではない

少なくとも、パソコンと同じではない。デスクトップパソコン、ノートパソコン、また、ネットブックとも違う。パソコンを期待して買うと、がっかりするのではないかと思う。大きく違うのは、(1) ファイルシステムが操作できない、(2) 情報作成環境が弱い、(3) ハードウェアキーボードが無い、といった点だ。

パソコンは、ファイル中心にできている。例えば、テキストファイルがあって、それを色々なアプリケーションで見たり、編集したりする。iPadはアプリケーション中心になっていて、同じファイルを別のアプリケーションで操作するのは、やりづらいか不可能だ。このファイルシステムが無い(見えない)、というのが、次の情報作成環境が貧弱、にもつながっている。

パソコンは文章にしろ、画像にしろ、さまざまな情報を作成するのに向いているが、iPadで情報を作るのはとても面倒、または不可能である。Webページ、PDF、画像、映像などを閲覧するのにはとても便利かつ快適だが、いざ何か書こうとか、作ろうと思うと急にハードルが高くなる。その意味でテレビに近い。iPhone/iPod touchは、画面が小さく、処理速度も遅く、何か作ろうと思う余裕がなかったので、それほど気にならなかったが、iPadの処理能力には余裕があるのに、作れない、というのは歯がゆい感じがする。

そしてハードウェアキーボードが無い。ソフトキーボードの使い勝手が悪い、とは思わない。十分良くできていると思う(ただしカナ漢字変換はひどい)。しかしiPadのソフトキーボードはおまけである。一方で、私はパソコンを使うときに、キーボードから指を離すことが少ない。カーソルの移動はもちろん、アプリケーションを変更、コピー・ペーストなど、すべてキーボードで操作する。iPadはタッチインタフェースに特化している。

Macにしろ、Windows, Linuxにしろ。パソコンを使っていると、何か作りたくなる、少なくとも私は。それに対して、今のiPadは受身の態度を要求する。なんか寂しい。もちろん後述するように、良いアプリケーションがまだ少ないのも理由のひとつだろう。

2. iPhone/iPod touchとも違う

「でかいiPhoneだ」という人も多いが、私はずいぶん違うように思う。OSは同じなので、大きくて、重くて、処理が速い、というが違いなのだが、それによって使い勝手がずいぶん違う。あたりまえだが、街角で赤信号を待つ間にちょっと何か調べ物をしたり、といった用途には向いていない。座って使うものだ。

iPhoneやiPod touchの大きな意味は、普段パソコンを使うことが無い、家やオフィスの外で使えるという点だ。外での経験、外での情報と組み合わせて面白みが出る。外出先で、食べログを調べて、店を探す。味わう。コメントをアップする。外出先で友人と離合集散しながら、iPhoneでコミュニケーションを続ける。こういう利用で光る装置だ。座って使うiPhoneやiPod touchに魅力は少ない。

この外で使うメリットを削ぐのが、iPadのサイズだ。信号待ちの最中にiPadをカバンから取り出すのは変だろう。画板のように肩から下げるか?

しかし座って、Webページや、PDF、画像などの閲覧をはじめると、その快適さにうなる。タッチインタフェースもあいまって、スムーズに閲覧できてストレスが少ない。これはiPhone/iPod touchとはまるで違う次元だ。

また上述のように、処理能力にかなり余裕がある。だから単に閲覧するのに使うのでは、十分に潜在能力が生かされていないように感じる。例えばsling Noteというスクラップブック作成ソフトを使っていると、まだ出来は悪いが、「そうだ、こういう箱庭のようなモノづくりのスペースとして使えると、とても魅力的だ」と感じる。

3. 新しい世界の入り口

この平たいコンピュータは、まだその真価を発揮していない。私には、20年前にMacを初めて触った時、また初代iPodを触った時に感じたような、荒削りな可能性、おぼろげな入り口が見えるような気がする。

iPadは他のアップルプロダクトと同じく「引き算」で作られている。引き算で作っているために、その特質が良くも悪くもあからさまになっている。今はまだ、この装置の真の魅力を引き出せるソフトウェアは、出来ていないのではないかと思う。椅子に座り、指を使って操作する平たいコンピュータ空間、隣に座っている人にすぐに見せることができる回覧板、姿勢や所在地を検出して姿を変えることのできる装置、いくつものキーファクターがある。もしかすると名前だけでなく、アランケイのビジョンに近い何かが現れるかもしれない。